キャベツ畑でつかまえて


「せんぱーい、せんぱい〜!」
「ん?何だ?」
「何だじゃないですよ、もう何度も呼んでるのに。お昼ですってば」
「はあ?もうそんな時間・・・だな。太陽が真上だ」
「そうめん茹でますからすぐに来てください、あ、薬味になんか取ってきてくださいね」

イラスト。いの様


(まったくもう。畑に入ると没頭しちゃうんだから。俺とキャベツとどっちが大事なんだよ)

プンプン怒りながら畑を出てあぜ道の向こうの日本家屋へと向かう森永。庭先では森永そっくりなでかい犬が嬉しそうにきゃんきゃん吠えている。

「ダメダメ、モリー。まだ散歩の時間じゃないよ。お昼出したら午後は俺も畑を手伝うんだから」

蝉がジリジリと鳴き風鈴がチロリと鳴る。
標高が高いこの土地は真夏でもひんやり涼しい風が吹く。

放り出していたエプロンを締め、大なべに再び火を入れた。こうして二人でここで暮らすようになってもう一年になる。
なぜかいきなりキャベツの品種改良に目覚めてしまった宗一。それに当然付いて来た森永。
土壌にこだわり肥料にこだわり、とにかくキャベツにとりつかれた宗一の助手兼お世話係をする日々。こうして食事を作ってあげないと宗一はきっと24時間畑で暮らすんじゃないかと思うほど時間を忘れて没頭してしまうのだ。

なんて簡単に言ったけど、最初はそりゃあ大変だった。机上の知識はあったって実地の農作業は素人が一朝一夕にできるものではない。去年の夏のキャベツはほとんど形を成さない味も最悪もシロモノだった。落ち込む背中を見るのが辛くて、もう帰りましょうって何度も口に出かかった。
しかしその失敗を生かして冬の間研究を重ね、春にはそこそこの収穫をあげることができて、そして今。この土間の窓から見える風景は見渡す限りの緑緑。一面のキャベツ畑。


「おおい森永、薬味ってこんなんでいいか?青じそとねぎとみょうが」
「あ、もうみょうが出てました?じゃあ夜はみょうがの天ぷらにしよう。はい、そうめんできた。先輩、手洗って縁側に行ってください。枝豆も置いてありますから」
「枝豆も茶豆も今年は豊作だな。明日に出荷に少し混ぜとくか」

手早く水でめんを締める。ここの水は夏でも冷たい。冬は凍結して大変だった。
ガラス皿を縁側に運ぶと、すでに宗一が腰をおろして手拭いで汗を拭きながら外を眺めていた。
背中からでも分かる、きっと満足気な笑顔。
その顔を想像すると、森永もとても嬉しくなるのだった。

「お待たせしました、食べましょうか。そう言えば今日は青年会の集まりがありますけどどうします?先輩行きます?」
「・・・おまえが行った方がみんな喜ぶんじゃねえか?」
「そんなことは無いと思いますが、でも今日は夏祭りの打ち合わせですよね。俺行きますよ」
「ああ、よろしく」
「でも当日は先輩もちゃんとお神輿担いでくださいよ?」
「はああ?何で俺がそんなもん」
「地域参加。地域復興です。先輩の『暴力的な旨さ爆発暴君キャベツ』の予想を覆す大ヒットで今この村の話題の中心は先輩ですからね。みんな色々話たがってるんですよ」
「ったく!勝手にその変な名前つけたのおまえだろうがよ!」
「祭・・・いいですよね、先輩の法被・・・サラシ・・・下はもちろん褌ですからね・・・ハアハア」
「おい、大丈夫か?顔が変だぞ」
「楽しみですね!夏祭り。でも秋の収穫祭の方が他所の地域とも合同で盛大みたいですよ」
「この辺祭ばっかじゃねえかよ」
「お酒飲み放題ですよ。いいですよね」
「・・・悪かねえけど」

しばらく鳴きやんでいた蝉がまたジリジリと鳴きだした。気の早い赤とんぼがすいすいと飛んでいる。

「ごちそうさん。うまかった。じゃキャベツに水やりしてくるわ」
「ああやっぱり俺よりキャベツ・・・」
「はあ?」
「何でもないでーす。片づけたら俺も行きますから。あ、先輩、帽子忘れてる!」

お手製の首元日よけ付き麦わら帽子を手渡す森永。そっと触れた手を思わず重ね更に握りしめる。

「ばか、何してんだ、昼間から」
「すみません」

首筋まで真っ赤になってゴム長を踏み鳴らし、足早に畑に向かう宗一の後姿をにこにこと見送る森永。

(夜ならいいんだよね?はあい、待ちます)

「夜・・・あ、ふとんふとん。干しとこーっと。あ、隣のじっちゃんこんにちは〜!」
「おお相変わらず働きもんだな。おまえんとこの夫婦は。ん?なんだ?でっかいふとんだな。最近の若いのはベッドってので寝るんじゃねえのか?」
「やだもうじっちゃん見ないでよ。えへ。また腰もんであげるからいつでも呼んでね」

どこにいても何をしてても、良妻の森永なのでありました。


つづく


(2011/8/15)



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