キャベツ畑でつかまえて・2


「あー今日も疲れた。腰痛え。ん?電気消えてねえか?」

農機具の手入れをしていてすっかり遅くなった宗一は、電気の消えた古い家を見上げた。

「ああそうか。青年会の集まりがあるって言ってたな」

夕飯も風呂もちゃんと準備されてはいたものの、いつもの笑顔の出迎えが無いのが少し物足りなく感じてしまう宗一だった。

縁もゆかりも無いこの高原に自力で空き家を見つけ、最初は当然一人で住みこむ筈だった。森永には良い就職話もあったし大学に残って研究を続ける選択肢もあったのに。
なのにすったもんだで怒鳴ったり泣いたり結構な修羅場を潜り抜けて今こうして二人で居る。
窓を開けると少し涼しくなった風が部屋を吹き抜けた。無駄に広い古い家屋はしんみりと夜の闇に溶け込んでいる。好きとかそんな軽い気持ちだけじゃ務まらない日々の重労働。それに厳しい現実。

(やっぱここで一人ってのは・・・だめだったかもな)


「こんばんは〜」
「あ、来たな、哲っちゃん。こっちこっち、早く座れや」
「わーすごいごちそうですね。俺も煮物持って来たんですけど」
「おお、すごいな。おまえんとこ男だけなんだから気い使うなよ。ってかこれうちの嫁のよりうまそうだな」

村の青年会は20代から40代くらいまで結構幅広い年代で構成されてて月に一回こうして持ち寄りで公民館に集まってる。新参者の俺たちも温かく迎えてくれて、あれこれと教えてもらえるので本当に助かってる。今日は秋のお祭りの打ち合わせ・・・の筈だけどもうみんな結構出来上がってる雰囲気だ。まあ毎年のことだしお祭りだから楽しくできればそれでいいんだろうし。

「で、当日は3時に集合な。哲っちゃんとこはどうする?どっちが神輿担ぐ?」
「俺・・・ですかね。まあ普通に考えて」
「しかしあれだぞ?家に居る方はちゃんと酒出したりなんだりすんだぞ?もし無理なら哲っちゃんちはルートから外しとくか?」
「すみません気を使わせちゃって」
「しゃあねえよ。だって宗一君は元学者様だもんな。学者ってのは仕方ねえ」
「ああ、仕方ねえ」
「うんうん」

なんだかわかんないけど酔っぱらったみんなはそう言って頷くから俺もはははと笑っておいた。先輩の人付き合いの悪さは相変わらずだ。
そうして結構飲みつつもあれこれ打ち合わせて持ってきたお重に逆に山盛りおかずを詰めてもらって帰途についたのはもう結構いい時間になった頃だった。

「先輩寝ちゃったかな。今日はお布団ふかふかだからなあ。あー一緒に寝たかったなあ。夜這いしちゃおうかな。でもお酒飲んでそんなことしたら殴られるだろうし・・・」

俺に気づいて嬉しそうに尻尾を振るモリーに「吠えちゃダメ。しっ」とゼスチャーして、そっと家に入ると、やっぱり先輩はもう寝てしまったようで電気が消えていた。
俺も疲れたので簡単に片づけて風呂に入り、部屋に行こうとしたところでいきなりふすまが開いた。

「遅かったな」
「うわ、びっくりした。先輩起こしちゃいました?すみません」
「いや、起きてた」
「もしかして待っててくれたんですか?なんてそんな訳無いですよね」

でも先輩はその場にじっと立ちすくんで俺を見てる。

「会議はどうだった」
「あ?会議?えっといや会議ってほど重々しい感じでもないんですが。まあお祭りのことで。ああ俺法被着てお神輿担ぐんで見て下さいね」
「俺は何かすることあるのか?」
「先輩は別に無いですけど」
「・・・そっか」
「あ、あの、もし何だったらじゃあ先輩がお神輿担いでくれますか?そしたら俺料理出したりできるからここにもお神輿寄ってもらえるし!」
「俺が!?」
「先輩力持ちだから楽勝ですよ。実はほら背の高さが合わないとあれって辛いんですよ。俺ばっかり重みが掛かっちゃって。小さい人はぶら下がっちゃうし」
「・・・そうなのか?」
「そうそう、俺がでかいばかりに村の皆さんに迷惑をお掛けしてしまうので」
「迷惑・・・それはいかんな」
「うんうん」
「組合にも快く入れてもらって助かってるからな。それくらい協力しても・・・」
「はい!じゃあ明日会長さんに連絡しときます。他の準備は全部俺がやるんで先輩はその日に備えて土嚢をがんがん担いでおいて下さい」

やった!見れる!先輩の法被姿!サラシ!ふんどし・・・は残念、それは無いらしい。なんか短パンみたいなやつだったけど十分!先輩のキュートなお尻を他の人に見せるのは嫌だしね。

「森永」
「ひゃっ!すみません!尻のことはっ!」
「しり?」
「し・・・知り合いがシリンダー知りませんかって」
「は??疲れてんのか?・・・悪いな、いつも」
「え?」
「近所の付き合いとか、家のこととか」
「なんだそんなこと。いいんですよ、俺が好きでやってるんですから。先輩に思う存分キャベツを作ってもらえれば俺はそれで幸せなんですから!」
「・・・助かってる。おまえが居てくれなかったら俺は」

暗くていまいちよく分からないけど、なんだか少し赤くなってる?
ちょっと顔を寄せてみたら更にその色が増した。

「な。なんだよ!」
「いえ。あ、ありがとうございます。あは。嬉しいです。ほら俺半分無理やり押しかけてきちゃったから。少しでも助けになってるなら来た甲斐がありました。あ、今日布団干したんでふかふかですよ。ゆっくり寝てください」
「おまえんとこ・・・」
「ん?」
「おまえの部屋の方が月がよく見えるんだよ!」
「は?月?そうですか?見に来ます?」
「おう」

キャベツ畑ではとってもとっても男らしくて、鍬を振るうその背中には何度縋りつきたくなったかしれないけど、ってか思わず縋りついて鍬で半殺しにされそうになったこともあったけど。
こうして俯きながら寄り添ってくれる可愛らしさはまるで別人のようでそのギャップに俺は心底やられてしまっている。もう何があっても離れられない。きっと世界中のどこにだってあなたの行くところに俺は付いて行く・・・。


そして祭の日。
早々に仕事を切り上げた先輩は青年会のみんなが用意してくれた新品の祭の衣装を身に着けて迎え酒で気合いを入れてる。
真っ白のサラシの上に青年団の揃いの法被を羽織り、下はふんどし・・・では無くてやはり真っ白な短パンに足袋。
それはそれでかっこよくて勇ましくて、祭の食事の支度の手を止めてうっとりとその雄姿(と美脚)に見とれてしまっていた。

「よおし、じゃあ行って来るぞ」
「先輩、素敵・・・ん?だめ!待って!それだめです!」
「なんか間違ったか?ちゃんと言われた通りに着たんだぞ」
「だってそれ、胸が見えてますっ!サラシをもっと上まで巻いて!」
「いや、男は腹だけでいいって言われたぞ」
「だめです、じゃあ中にTシャツ着て下さい!黒の!」
「はあ?これに黒のTシャツなんか着たら変だろってかなんで胸が見えたらだめなんだよ!」
「だってちくびが〜」
「おまえ・・・くだらねえこと言ってると山車でひき殺すぞ」
「いやだ〜あ〜ん」
「ったく。馬鹿なこと考えてないでちゃんと酒用意しとけよ!つまみもな!うっとおしい!泣くな!」
「ああん〜せんぱい〜ううっ」

ああ、こんなことなら昨日の夜、Tシャツを着ないといたたまれない程にがっつりしっかり胸元に吸いついておくんだった・・・。いやでもお神輿を担ぐのに足腰に支障が出ないようにってこの一週間禁欲生活を強いられて久々に部屋に鍵かけられてたし・・・あああん。いやあ〜!

勇ましい背中を見送りながら涙に暮れる森永。
やがて日も暮れて祭囃子がどんどん大きくなり、ちょっぴり塩味の二人の初めてのお祭りの夜が華やかに始まるのでした。

つづく


(2013/7/08)



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