3年H組 哲博先生 〜臆病な猫〜

                            まち

「森永先生、少しいいかい?」
「はい」

福島校長に呼ばれた俺は校長室へと向かう。
いつになく神妙な表情の校長に、ただならぬ雰囲気を感じながら・・・。

「急だけど、転校生が来ることになってね」
「今の時期にですか?」

俺が受け持っているのは暴君高校3年生。そろそろ大学受験も近付く秋に転校なんて、よほどの理由がない限りありえない。

「それがね、穂茂野(ほもの)高校からなんだよ」
「え?」

穂茂野高校と言えば地元でも札付きのワルが集まっていると噂の学校だ。
正面に座った校長も困り顔で頭を掻いている。

「ちょっと問題を起こしたらしくてね。新人の君に任せるのは大変かなと思ったんだけど、年が近いほうがわかりあえるかもしれないし・・・。ちょうど君のクラスは一名少なかっただろう?」
「それで、どんな生徒なんです?」
「家庭の事情で一年留年してたそうだけど、根は悪い子じゃなさそうだよ」

渡された入学申込書には、眉間に皺を寄せて睨みをきかせた少年の写真。
手続きには伯母と一緒に来たそうだけど、始終睨んでばかりで一度も口を開かなかったそうだ。

「明日から早速頼むよ」
「わかりました」

どんな生徒だとしても生徒には変わりないと、気を引き締める俺だった・・・。


×××

「おはよう、巽宗一くん。俺は担任の森永哲博、宜しく」
「・・・」

握手を求めて差し出した手はパチンと弾かれる★
挨拶を返すわけでもなく、だけどその瞳は何かを探るように俺をじっと見ていた。色白の肌に色素の薄い目と髪。細身の身体にフィットした学ラン姿が危うい色気を醸し出して、妙にドキドキする。

(真面目そうに見えるけどな〜)

視線の強さとは対照的な儚さを感じて、俺はわざとおどけるように言った。

「ひどいな〜」
「・・・」
「とりあえずこれからHRだから。クラスで紹介するね」

叩かれた手を擦り、教室のほうへ促す。
特に反抗することもなく、ただ黙って俺の後ろをついてきた。

「はい、みんな席について!」

教室に入ると生徒たちがガタガタと席に座る。
クラス委員の山口が号令をかけ、朝の挨拶を済ませたところで巽を紹介した。

「席は後ろから2番目の空いてるとこね」
「・・・」

言われた場所に向かう巽。
そのとき・・・突然ガタっと転びそうになった。

「なにすんだ!」
「きゃー!」

突如始まった乱闘に女子生徒の悲鳴・・・。巽と真崎、殴り合いの喧嘩をしている。

「足かけてんじゃねーよ!」
「失敬な!足が長いからはみ出してただけでしょ?」
「んだと!?」
「やめなさい!」

背後から必死に巽を羽交い絞めにし、真崎は他の生徒に押さえられ、これで落ち着いたかと思った。そのとき・・・。

「離せよっ!」

振りほどかれ、巽はそばにあった椅子を振り回し始めた。
暴れ馬も可愛く見えそうなその勢いに、俺も他の生徒も呆然としてしまった・・・。そのとき、ぶつかった弾みで飛んだペンケースが山口に当たった。

「いたっ」
「巽!」

はっと気を取り直して名前を叫べば、ビクッと巽の動きが止まる。

「くそっ」
「待って!」
「先生、俺も行きます」

教室から飛び出した巽を追う俺と山口。
廊下を駆け抜けて階段に立ったところで巽は振り返り、山口に向かって小さな声で何かを言った。

「えっ?」

消えそうなその言葉は、確かに「悪かった」と聞こえた・・・。


×××

「どこに行ったんだよ・・・」

自宅も訪ね、あちこち探し回ったけど巽は見つからなかった。
俺は一旦アパートに帰り、スーツから動きやすい普段着に着替えたところでインターフォンが鳴った。

「はい?」
「突然すみません。穂茂野高校で教師をしている黒川といいます」
「黒川先生?」
「巽くんのことで少しお話が・・・」
「どうぞ、お入り下さい」

鍵を開け、リビングに通す。
黒川先生は真面目で大人しそうな人で、年は俺より少し上くらいか?

「それでお話と言うのは?」
「巽くんは本当は優しくていい子なんです。母親の入院費用で借金がかさんで、幼い弟妹のために一年間留年して必死にバイトして・・・。弟の巴くんがまた可愛くてv」
「はあ?弟さんですか?」
「あっ!?いえ、巽くんは褒めても手が出るし、口も悪いけど性根は真っ直ぐなんです!なんて言っても巴くんのお兄さんですから♪」
「あの、俺は弟さんをよく知らないのですが?」
「そうですよね、すみません★話を戻して、穂茂野高校は少しでも問題のある生徒の面倒は見れないと、巽くんを放り出したんです・・・」
「・・・」
「森永先生、お願いします!巽くんをどうか立ち直らせて下さい。巴くんも心配してるんです。だけど俺は巽くんに嫌われてて(涙)」
「・・・巽は俺の大事な生徒ですからね。全力で頑張りますよ」
「ありがとう、ありがとう・・・」

巽の事情もちょっぴりわかった。そしてそれ以上に黒川先生は巴くんを気に入ってることがよくわかった・・・。


×××

黒川先生が帰り、再度捜索を・・・といったときに事態は急展開。巽の居場所がわかった。
教頭先生から電話があり、『バー“アダムの森”に一人で来るように』指示されたと聞いた。そして今、その店の前で立ち尽くしている。

「あ、結構いい雰囲気♪」

お洒落な看板。噂では族の溜まり場らしいけど?まずは建設的な話し合いが出来たらいいな〜と、おそるおそるドアを開く。

「こんばんは。ここに巽がいるって聞いたんだけど?」
「あんたが例の先公?マジで一人で来るとはいい度胸してるじゃない?」

声がしたほうを見ると知らない青年がいて、その隣に巽もいた。

「教師というのは生徒のためならどこでも行くもんだよ」
「アホか?宗一を追い出しといてよく顔が出せたなって言ってるんだよ!」
「いや、あれは巽が好き勝手に暴れて好き勝手に飛び出したんだけど・・・」
「うるさい!俺は先公たちがこいつを差別したことが腹立たしいんだよ!」

当の本人である巽は大人しいのに、この青年は一人怒っている・・・。

「あんたもグルなんだろ?落とし前はこの“強腕燃刹(ごうわんねんせつ)”がきっちりつけてやる!」
「それがグループ名?なんかすごいね・・・」
「うるさいな、虎愛流(トラブル)とどっちにしようか迷ったんだよ!」
「まあまあ磯貝、少し大人ししとき」
「ヒロトさん・・・」
「まずは話し合いといこうや」

どうやらカウンターにいる青年がリーダー格らしい。鶴の一声で磯貝と呼ばれた青年が黙り込む。俺が視線を送るとヒロトと呼ばれた青年は軽く頷いた。

「巽、俺と一緒に帰ろうよ」
「いやだ」

ぷいっとそっぽを向く巽。その幼い仕草に庇護欲が沸いてくる。

「どうしていやなの?」
「なんで迎えに来るんだ?問題児のことなんてほっときゃいいだろ?」
「教師が生徒を迎えに来るのは当然でしょ?」
「は?そんなこと言ってホントはさっさと退学になって欲しいんだろ?」

・・・手負いの獣みたいに必死に牙をむいている。
彼をここまで追い込んだのは俺たち大人だ。そう思うと歯痒かった。

「そんなわけないでしょ?う〜ん、お腹すいてるとイライラするよね。とりあえず時間も時間だしまずはご飯にしようか?何か作ってもいい?」
「かまへんよ」

一応許可を取ってキッチンに入り、棚や冷蔵庫を適当に探る。

「あ、ラーメンあるじゃん♪」
「へえ、手付きいいやん」
「地元が福岡だからさ、ラーメンはよく作ってたんだよ」
「僕、博多に行ったことあるで」
「ホントに?まあ俺のうちは田舎のほうだけど」

なぜかヒロト君と和気藹々してしまった★

「・・・田舎はいいよな、差別がなくて」
「え?」

ポツリと呟かれた巽の言葉。
何かを思い出しているのか、痛みを堪えるような表情だった。

「そんなことないよ。俺も差別されたし」
「あんたが?なんで?」
「おれ、真性ホモだからさ。おかげで地元を追われたってわけ」
「・・・ホモ?」
「なんや、やっぱそっちの人なんか♪」

多分、ヒロト君もそちらの人。お互い最初に感じたインスピレーションはどうやら間違いなかったらしい。彼とはわかりあえそうだな。

「できたよ。熱いうちに食べよう」

俺特製ラーメン、我ながらなかなかの出来だ!
ヒロト君が箸をつけると巽と磯貝もアイコンタクトをして箸を取る。気付けばみんなでズルズルと啜っていた。

「やっぱラーメンは豚骨だね〜」
「ほんま、美味しいやないの!」

食べ始めたら思いのほか空腹だったのか、あっという間に全員完食してしまった。

「ご馳走様でした」
「ごっそさん」

俺が手を合わせると、小さな声で挨拶をした巽。思わず出た言葉のようで、それに気付いた瞬間頬が桃色に染まった。

「挨拶は基本なんだから恥ずかしがることないよ?」
「ぅ・・・」
「巽、俺はね・・・」
「んだよ?」

下を向いたままの巽に真摯に語りかける。
俺の想いが伝わるように、すぐにとはいかなくても心を開いてくれるように願いながら。

「会ったばかりだし、お互いまだどんな人間かもわからない。だけどね、君がどんな人間でも俺の大事な生徒には変わりない」
「・・・」
「今まで色々あったみたいだし、教師を・・・大人を信用できなくなってるのもわからなくもない。でももう一度だけ、俺に賭けてみない?」
「・・・お前に?」
「うん。せっかく入った高校なんだし、みんなと一緒に卒業しようよ」

ゆっくりを上げられた顔。ようやく正面から向き合えた気がした・・・。

「・・・一年、休んでたんだ」
「勉強のこと?足りない分は個人的に補習するよ?」
「なんでそこまで・・・」

揺れる瞳。警戒心の強い猫がこの人間は安全なのか、じっと様子を窺っているようだ。

「勉強を教えるのは教師の役目。勿論悪いことは悪いことだって言うのもね!」
「教えてくれるのか?お前が?」
「喜んで♪」

俺は微笑みながら内心ホッとしていた。
それが伝わったのか、今まで静かに成り行きを見守っていたヒロト君が口を開いた。

「話はついたようやな。宗一、どないするん?」
「ヒロトさんにお任せします」
「いーや、ダメだよ」

ここまで来て最後の決断を他人に委ねようとするけど、それは許さない。

「自分の人生なんだから、自分で決めるんだよ」
「うっ」

口を噤む巽、もの言いたげな磯貝。
重苦しい沈黙を破るように、ヒロト君がけらけらと笑った。

「二人の負けやね。宗一、いいかげん覚悟決め!」
「わかりました」

ようやく決心がついたのか、巽は俺を見て「宜しくお願いします」と頭を下げた。

「磯貝もええやろ?」
「宗一の希望なら仕方ないです」

悔しそうな磯貝。この青年なりに本気で巽を心配しているのだろう・・・。

「ただし全面的に信用したわけじゃないよ!宗一に何かあったらそのときは・・・」
「わかってるって!巽宗一の身柄はこの森永哲博が責任を持って預かります♪」
「よし決まった!なら一杯いこうじゃない」

出されたとっておきの酒は、さながら契約の証をいったところか?

「あ、巽はまだ未成年だから飲んじゃダメ!」


×××

一時はどうなることかと思ったけど、無事に日常に戻った。
俺は約束通り、まずは学力をチェックして必要なら放課後に補習しようと考えた。

「・・・できてるじゃない」
「そうか?」

心配する必要など全くなく、むしろ学年主席も狙えるんじゃないか?
俺が褒めると怒ったような表情で横を向いたのは、間違いなく照れているだけだ。

(可愛いな〜)

第一印象がアレだったのでクラスメイトが引くことを杞憂したけど、その辺は山口が上手く取り計らってくれたらしい。予想以上に自然にクラスの一員として溶け込んだ。
そして問題の真崎とは・・・お互い馬が合わないながらも適度な距離感を保っている・・・ようだ。

そして今日。
クラスの誰一人欠けることなく全員、思い出と希望を胸にこの学び舎を巣立つ。

「巽、卒業おめでとう」
「・・・ありがとう」
「最後くらい“先生”って呼んでくれない?」
「てつひろせんせい?」
「なんで疑問系?」

ぷっと吹き出すとかすかに笑った巽。
この春から大学生になり、なんと・・・俺と同棲することが決まっている!

(楽しみだな〜)

おふくろさんが亡くなってから親戚に世話になっていたけど、進学を機に一人暮らしをしたいと言っていたから誘ってみた。

『いいのか?』
『部屋は余ってるし、ちょうど一人は味気ないと思ってたから』
『迷惑じゃないか?』
『とんでもない!むしろ大歓迎だよ♪』

隠し立てせず正直に言おう。俺は巽が好きだ!
会う度に惚れ込んでいって、何度押し倒してしまいそうになったことか★いや、19歳だから年齢的には・・・?ダメだ!教師が教え子を襲ってどうする!?

(時間はあるし、ゆっくり口説こうv)

チャイムが鳴り、時間になったことを告げる。

「卒業式、面倒だな」
「晴れ舞台なんだから、バシっとキメてよ。あ、それから・・・」
「なんだ?」
「第二ボタンは俺に頂戴?」
「ばーか」


(おしまい)

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