Pearl-White Eve

                  かなた

くしゅん

小さなくしゃみで目が覚めた。
心地良い疲れのままにいつの間にか眠ってしまっていた。
毛布からはみ出した足が冷たい。
胸のあたりの、くしゃみの主の頬も冷えている。

「先輩、寒い?冷えてきたね。暖房つけてくる」
「ん・・?あ・・ああ」

ゆっくりと開いた寝ぼけ眼は、目が合った瞬間に慌てて伏せられた。
未だにこの「恋人みたいな目覚め」には慣れてくれないらしい。
自分で言うのもなんですが、ちょっとこういう状況では俺はいつもより強気なんだけど
頭まですっぽり隠れた毛布を取り上げてしまうのはさすがに意地悪だから。
裸のままでベッドから降りた。

「あ・・・雪」




たまには旅行もいいかななんて、ちょっとした知人のツテでこんな山の上のロッジを借りた。
偶然なのか意図的なのか、先輩の予定が空いてたのはクリスマスだけだった。
あんまり期待はしちゃいけないと思いつつ、
旅行行きませんか。山の上で何も無いけど、でも人の目を気にしなくて済みますよって思い切って誘ったら、
意外にもすんなりオーケーしてくれた。
嬉しいけど。でもちょっとだけ複雑。
先輩が素直になれない原因がもう俺なんじゃなくて、他人の目なんだとしたら
それは結構難関なんだよなあ。
昨日ここに着いた時はすごく寒かったけどそれでも雪は降らなくて。
ちょっとだけホワイトクリスマスなんてのに憧れてたのに。うまくいかないな
なんて。思わず吐いた溜息も、優しいあなたは見逃さない。

「俺とこんなとこ来ても楽しくないだろ」

そんなことある訳無いでしょう。ま、場所なんか本当は関係無いんですけどね。

「じゃあ・・・何か心配ごとでもあんのか?」

ええ。心配です。
こんな素敵なクリスマスソングみたいなシチュで、
本当に誰も見てないこんな隔離された空間で、
そんなかわいく見上げるあなたに対してこの僅かな理性をどこまで保てるか。
こんな聖なる夜に、こんな不埒なイケナイ思いに罰が当たらないか。

本当に二人きりのクリスマスイブ。
小さな暖炉の前に並べたお弁当箱。
ちょっとムードは無いけど、でも先輩の好きなものばっかりです。
そしてすごく重かったけど頑張って背負ってきたシャンパンを開けた。
少しずつ少しずつ氷が溶けるみたいに先輩の体が素直になる。
何本目かのルビー色のボトルがコロンと床に転がったとき
シャンパン味のキスをした。


天窓から青白い月が覗いてる。
雪が降ったら月も星も見えないし。これはこれでプラネタリウムみたいに綺麗だって思いながら。
でも腕の中でほんのり闇に光るこの肌の白さには月も敵わないなんて。
言ったら恥ずかしがるから。
怒り出すから。
だから言葉には出さず。
先輩も何も言わず黙ったままで。
退屈さと寒さを言い訳にして。
それはたった数時間前のこと。




そう、たった数時間でこの雪景色。山の天気は変わりやすいって本当だ。
舞い散る雪に見入ってしまった。
さっきの月がキラキラ粒になって落ちて来たみたいだ。
綺麗な結晶が、窓に張り付いてる。すごい。

「森永?何して・・・馬鹿おまえ、そんな格好で窓際に立つなよ!」
「え、あ、つい。綺麗だったから」

暖炉の火はとっくに灰色になってた。
この暖炉のメインの役割はインテリアらしくて、
「一応薪は用意してあるけど寝る時は寒かったら普通の暖房を使いなさい」って
ここのオーナーから言われてた。
という訳で雰囲気よりも実益優先。
窓際のオイルヒーターのスイッチをカチンと入れて、またベッドに潜り込んだ。

「先輩、雪。ねえ雪、見えた?」
「おまえの尻しか見えなかっ・・・冷たっ」
「ごめん、体冷えちゃった」
「裸でうろついてるからだろが」
「そんな・・・先輩が毛布独り占めしてたから・・・でもまたすぐに脱ぐでしょ?」
「な・・・何言って・・・」

一瞬にして熱くなった首筋に舌を這わせた。

「暖かいね・・・暖めて・・・」

言葉は無いけれど、でも体は答えてる。
戸惑うように宙を泳ぐ手が・・・ゆっくりと・・・背中に回される。
そして力が込められる。
熱が・・・気持ちが流れ込む。
暖まる。体も心も。

今日の先輩は優しいな。

恋人たちの、特別な日だから?

ねえ・・・俺の事・・・恋人って思ってくれてるの?

雪が積もる音さえ聞こえそうな静かな聖夜。
欲しい言葉はたくさんある。だけど今日はいい。
すっぽり切り離された二人だけの世界で、今は二つの体だけあればいい。

愛するより愛されるほうが幸せ。
そんなこと分かってたけど、でも俺は報われぬ愛に突っ走る性格だから。
最初の恋も二度目の恋も、散々に打ちのめされて。
こんな思いをするんだったら、もう恋なんてしない。
そう思ってた。

今でも信じられない。一度は諦めた幸せが、腕の中にある。
愛することをやめないでよかった。
本当によかった。
愛されるほうが幸せ。
だけどお互いに愛して愛されるなら。
それは何倍もの幸せ。
そっと毛布を剥いで膝の上に抱え上げた。
繋がったままで、後ろから包み込み耳元で囁く。

「先輩」
「・・・え・・・何・・・?」
「外。見て。綺麗だね。ホワイトクリスマス」

それどころじゃないか。熱を帯びた体は今にも弾けそうに震えている。

「いいよ。俺の上にも雪を降らせて・・・」
「ばかっ!ヘンタイ!変な事言うなっ・・・あ・・・・ああっ」

お願い。先輩。ずっと側にいて。恋人でいて。
毎日プレゼントあげるから。
俺はあなただけのものだから。
全部あなたにあげるから。

あなたを恋したことも、他の誰かを恋したことも。
間違いじゃ無かったって。信じさせて。


好きで好きで好きで。
幸せで幸せで幸せで。
涙が・・・溢れてくる。
雪景色が霞む。
泣きながら何度も何度も抱き締めた。

抱き締められた・・・




うっすらと空が白み始めている。
オレンジと紫の筋がリボンみたいに流れて、その隙間に光る金星。
もうすぐ朝日が、一面の銀世界を照らすだろう。
ねえ今度は。恋人みたいな、ううん、恋人の目覚めを。
プラチナの煌きの中で。

あなたの腕の中に潜り込み、目を閉じて小さく呟く。

メリークリスマス。お互いに贈り合う唯一。
愛して愛される幸せを、喜びを、ありがとう。

end

(2010/12/24)



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