ぼうくん保育園


保育士: 兄さん 真崎 ヒロト

森永さんちのお父さん: 国博

子: 森永 かなこ 巴 磯貝 黒川 



朝。保育室。

「みんな集まれー。今日はソウイチ先生お休みです。マサキ先生と遊ぶよー」
「ソウイチせんせえお休みなのー?おにのかくらんってやつ?」
「そうなんだよ、タイチロ。しかしおまえは賢いね。そうそう鬼の霍乱。ふふっ」
「おねつあるの?かわいそう」
「かわいそう」
「かわいそう」
「すごく熱あるって言ってたな。インフルエンザかもしれないから病院に行ったんだよ。こどもたちに移したら大変だから。大丈夫だよ、ちゃんとお薬飲んで寝てれば治るから。みんなそんなに心配して、優しいなあ」
「みっちゃんだけはイキイキしてるけどね」
「貢・・・あいつはソウイチ先生苦手だもんなあ。ま、俺も苦手だけど」
「えーなになにーマサキせんせえ」
「何でもないよ。じゃあみんなでソウイチ先生にお見舞いの絵を描こうか」
「かくー」
「かくー」


昼過ぎ。職員室。

「マサキせんせ。ちょっとええ?哲くんのお父さん今日お迎え遅くなる言うてるんやけど。ソウイチせんせもおらんしどないしよ」
「あーなら俺が見てますよ。今日店休みだから。でも今日はみんなで描いた絵をソウイチ先生のとこに届ける約束してるから、一緒に連れて行ってもいいですかね」
「でもソウイチせんせ、インフルエンザやったらあかんで。確認してからにしてや」
「りょうかーい」


夕方。ソウイチの家。

「はい」

『もしもし。マサキです。ソウイチ先生具合どう?インフルだった?』

「・・・あ、真崎・・・さん?」

『その声・・・哲博か。これソウイチ先生の携帯だよね?そんな悪いの?』

「あ、あの、インフルエンザじゃなかったけど熱高くて部屋で寝てるけど、電話、保育園って出てたから聞いておこうかって・・・」

『そうか。いや子供たちがお見舞いに絵を描いたんで届けようかと思ったんだけど、やめといた方がいいかな。じゃあさ、哲博どっか出てこれない?渡すから』

「あ、でも・・・もう真崎さんとは・・・」

『ふふっ、大丈夫だよ。二人っきりじゃないから。じゃあ7時くらいに。場所はメールする』


森永はソウイチの携帯をそっとテーブルに戻した。
真崎さん・・・。兄の親友でありかつての自分の恋人でもあった人。
偶然こうして今同じ市内に住んでいて、そしてソウイチと同じ保育園で働いているという。

昔はただ綺麗で優しい人だった。しかし最近はどうも掴みどころが無いというか擦れてしまったというか・・・よく分からない人になってしまった。
それ程辛い過去があったんだけど・・・。


夕飯の用意を終えて部屋を覗いて見たけれど、やはりソウイチは赤い顔をしてこんこんと眠っていた。静かに中に入りヒエピタだけを貼り換えた。そっと唇に触れてみたけれどやはり燃えるように熱かった。
「ごめんね先輩。ちょっとだけ出かけて来るね。真崎さんと会うけど・・・二人きりじゃないって言ってたから・・・いいよね」

7時。街のハンバーガーショップ。

待ち合わせの店は人影がまばらで、相変わらず綺麗な後姿はすぐに分かった。一緒に居るのは見覚えのある子供だった。

「哲くん!」
「あ、お兄ちゃん」
「お兄ちゃんじゃなくておじちゃんだけどね、正確には。悪いね哲博、呼び出して」
「おじちゃん?」
「ああ、哲くん。国博が忙しくて迎えに来れないって言うから預かってんだ。どうせ同じ家に帰るしね。あ、これ一応対外的には内緒だから」
「真崎さん・・・うちの兄さんと一緒に住んでるの?」
「聞いてない?」
「聞いてる訳無いでしょう。こっちに出てきてるのも知らなかったし、子供のことだって・・・」
「そんな顔しなくてもいいだろう。哲博だってソウイチ先生と住んでるんじゃないか」
「あ、そんな・・・いや別にただのルームシェアで・・・」
「でも寝てるんでしょ?」
「え、あ、ちょっと子供の前で!」
「ははは。じゃあもう俺たち食べ終わったし行くよ。これみんなの絵と手紙。じゃあソウイチ先生によろしく言っといて」
「お兄・・・おじちゃん、ソウイチ先生と住んでるの?なんで?ずるい!」

いつもにこやかな天使のような哲の顔が急に険しくなった。

「哲。それもみんなには内緒だよ。哲、怒らない怒らない。哲のそういう二重人格っぽいの、おじちゃん似かな!?大丈夫大丈夫、きっとすぐ別れて哲んとこに帰って来るから!ソウイチ先生は哲のものだよ」
「ちょっ、真崎さん、何言って!」
「しっ、馬鹿、子供だましだよ、真に受けるなって。はは、哲と同じ顔!怒らない怒らない。ソウイチ先生愛されまくりだね。ほんっと気に入らない」
「なっ・・・」
「じゃあ行こう、哲。帰ってお風呂入ろう。はい、おじちゃん、さよおなら!」
「・・・おじちゃん、さよおなら」
「哲くん・・・お兄ちゃんでいいよ・・・さよなら・・・」
「また電話するよ。今度は哲博あてにね」

「真崎さん・・・ってか兄さんと真崎さんって・・・どうなってんだ?」

森永は手を繋いで夜道を歩いていくかつての恋人と兄の子を複雑な思いで見送るのだった。




「あ、先輩起きた?大丈夫?」
「ゲホっ。ちっきしょう、熱下がんねえな・・・これじゃ明日も行けねえ・・・こんなに熱あんのに本当にインフルエンザじゃないのか?あそこヤブなんじゃねえのか?」
「いやほら全ての熱風邪がインフルって訳じゃ無いですし。とにかく寝てて下さい。お粥でも作りましょうか?」
「いらねえ。携帯取ってくれ」
「あ、電話。あ・・・」
「何だよ」
「さっき先輩の携帯に保育園から電話があって・・・」
「だったら呼べよ。ん?おまえ出たのか?何勝手に人の電話出てんだよ!」
「すみませんっ。用件だけ聞こうと思って・・・」
「何だって?」
「子供たちがお見舞いに絵を描いたから渡したいって」
「そんだけか?」
「はい」
「・・・誰からだ?」
「あ、あの・・・」
「真崎か」
「・・・はい」
「で?」
「でって?」
「だから見舞いの絵は?」
「あ、はい、あそこのピカチュウの袋に」
「会ったのか」
「あっ、でも!二人きりじゃないです!哲くんも!哲くんも一緒で!」
「哲が?なんで哲が真崎といるんだよ」
「兄さんが仕事で遅くなるらしくて」
「ったく、人が寝込んでる隙に何やってんだおまえは」
「先輩が心配するようなことは何もしてません!」
「俺の心配ってなんだ?はああん?うっ、ゲホゲホゲホっ!」
「ほら大声出すから。とにかく寝て下さい。お説教は元気になってからゆっくり聞きますから」
「ちきしょう、マジ力入んねえ。ってかおまえ俺が心配してんのは」
「分かりましたから!分かってますから!じゃあ俺お粥作って来るんで!」
「いらねえって言ってんだろ!ったく、逃げやがって。んだよ、しかし真崎。何でわざわざ・・・っとに何考えてんだか分かんねえ奴だな」


「先輩?お粥できたんですけど・・・」
「要らねえって言ってんのに」
「・・・ですか・・」
「作っちまったもんはしょうがねえから食うけど」
「ほんとに?すみません。じゃあ。はい。あーん」
「あー」

(うそっ、だめ元でやってみたけど先輩があーんしてくれてる!?かわいい!!)

「ん?」
「あ、いえ何でも。熱く無いですか?ふーふー。はい、あーん」
「あー」

(何でこんなに素直なの!?もしかしてかなり熱あるんじゃ)

「って先輩!超熱い!」
「熱くねえっての」
「ちがう、お粥じゃなくて先輩が熱い!ど、どうしよう!ほんとに熱のせいだった!うわーん、先輩〜!」
「うるせえよ。もう飯終わりか?じゃあ俺は寝る」
「寝たら死にます〜!病院行きましょう!」
「昼間行っただろ。とにかく・・・俺は寝・・・る・・・」


「って言って寝ちゃったんだよ!どうしたらいいの?!うわあん」

『落ち着けよ、泣くなって哲博。あのソウイチ先生がそう簡単に死ぬ訳無いだろ。そうだなあ、インフルの検査は陰性でももう一回やると陽性になる場合もあるから明日行ってみたら?でもいい大人だしさ。薬飲まなくても数日寝てれば治るから。保育園は暫く休んでいいよ。ってか絶対来させないで。その貸しはあとで十分返してもらうから大丈夫』


「はあ」

『ってか俺と電話してるの知られたらまずいんじゃないの?』

「そうだった。思わず動揺して・・・ごめん真崎さん」

『なるべく服脱がせて。冷やしてあげて』

「え?冷やす?温めるんじゃなくて??」

『そのまま激しい運動で一汗かかせてあげるのもいいかも』

「あの・・・」

『熱ある時は冷やす。最近はそうするもんなんだよ。俺これでも一応先生だし。ソウイチ先生だって熱の対処法は知ってる筈だから協力してくれるって。じゃ、がんばって。おやすみ〜』

「脱がす・・・激しい運動・・・え、でも・・・ほんとに!?」

電話を握りしめながら、激しい葛藤に苦しむ森永であった。



「せんせえ!おねつなおった?」
「ソウイチせんせえー!」
「せんせー!」

ソウイチ、三日ぶりの登園。纏わりつく子供達。ここまで熱烈歓迎されるとさすがの鬼のソウイチもついつい顔がゆるんでしまう。

「おうおまえら、もう大丈夫だ。ずっと休んでてごめんな。今日はいっぱい遊んでやるぞ。ん?哲?どうした、もう移らねえからこっち来いよ。ん?なんで泣いてんだ?誰か哲いじめたか!?タイチロ、おまえか?」
「おれじゃないよ!ソウイチせんせえがなかせてるんだろお!」
「あー?なんで俺だあ?っておい、哲ー!・・・行っちまった。どうしたんだ」

結局その日はずっと哲はソウイチの側には寄って来なかった。

お昼寝タイムの職員室。

「ソウイチせんせ、どない?もうええの?」
「あーすんません。もう大丈夫です。ところでヒロト先生、哲ってずっとあんなでした?」
「哲くん?別に普通やで?なあ?マサキせんせ?じゃあちょっとおやつの買い物してくるんで頼むわ」
「はい、行ってらっしゃい〜。あーしかし良かったよ熱下がって。いやあ一人いないと忙しくてさあ」
「すまん。さすがに今回は参った。40度超えた時は死ぬかと思ったな」
「ふん。熱出たくらいで死ぬとか言うなよ。そう簡単に死ねたら苦労は無いっての」
「え?」
「何でも無いよ〜。でさ。ねえ。やっぱ激しい運動で熱下げたわけ?哲博と」
「あ?は?なっ何を言ってっ!あ、あれおまえの入れ知恵か!?病人に何させようとしとるんじゃ!」
「やったんだ」
「熱あるのにやるか馬鹿!乗っかってきたから蹴り倒したわ!!」
「・・・かわいそうな哲博・・・君を心配して泣いてたのに」
「つかてめえナチュラルにあいつと会ってんじゃねえよ!何考えてんだ!」
「別に変な気持ちは無いって。俺だってそこまで節操無しじゃないさ。別れた理由、聞いてるんでしょ?」
「そりゃまあ・・・ってそうだ!泣くと言えばあれだ、哲!哲どうしたんだよあれ。ヒロト先生は普通って言ってたけどさっき俺と目が合うなり泣き出して逃げてってそれっきり・・・」
「あああの子さ。君らが同棲してること知っちゃったからさ・・・。秘密って言ったらほんっと律儀に守るんだよ。いい子だよね。そのストレスがどうしてもね・・・出ちゃうんだ。子供だからね」
「なんでそんな!そんなひどいことさせんなよ!」
「うんまあ俺の方はいいけどね。堅気の仕事も悪くないけどまあばれたらばれたでいつでもお水に戻る覚悟はあるけどさ。ソウイチ先生はいいの?」
「い、いいって・・・何で・・・別に俺は悪いことは・・・」
「保育園の先生が男と同棲してるって、いいことじゃあないよね?」
「同棲じゃねえ!ルームシェアしてるだけで!」
「じゃあそう言ってやれば?哲に。子供にその違いを説明できるってんならね」
「う・・・うぐっ・・・」
「はははっ、冗談だよ、冗談。そんなに深刻に考えなくていいって。あのさあ、俺はこれでもあの子の継母な気持ちでいるわけ。かわいい息子には自分みたいに不幸な道に進んで欲しくないじゃない。ちゃあんとまともな恋愛して幸せになって欲しいからさ。君なんてお断りだよ、さっさと冷たくして哲の目を覚まさせてやってよ、よろしく〜」
「はっ、はああ?」

ガタン。ドアが開く音で二人は慌てて会話を止めた。

「ただいまー。あーしんど!ようさん粉買って来たで。さあ、お好みしよか」
「はーい。やった、ヒロト先生のお好み焼き最高ですからね。さ、ソウイチ先生、さっさと手洗ってキャベツ切って!」
「お、おう」

淡々とキャベツを刻むソウイチ。そして粉を混ぜるマサキ。

「マサキ」
「なに?」
「さっきの・・・」
「気にしない!ってかさ、人の息子よりも自分とこの弟の心配したら?また今日もみっちゃんと二人で一つの布団でお昼寝してるよ?しかも別室で」
「ぬあんだとおおお!!!貢!てめえおどおどびくびくヘタレっ子の癖になに考えてやがんだ!!」
「きゃあソウイチせんせ!包丁持ってどこ行くん!!あかーん!!」
「あーあ。なんつうかあの人さあ、もう教育者としてどうとかそういう問題じゃないよね。何で保育士やってんだろね。不思議〜」

泣いたり怒ったりうまくいったりいかなかったり。
子供も大人も、恋愛ベクトルは複雑みたいです・・・


to be continued・・・

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