PRETTY MAN


「おはよう」

やった、ジャストタイミング!
コーヒーを丁度落とし終わったところで眠そうな声がした。
洗面所から再びキッチンに戻った時には、テーブルにはトースト、ハムエッグ、サラダ、コーヒーがバッチリスタンバイ。そして新聞。
今日は洋食。明日は和食。その次はまた洋食・・・
嬉しいなあ。ずっとずっと一緒に朝ごはん。

「いただきます」

「どうぞ!」

もくもくと咀嚼する口元についつい目が行ってしまうけど、俺ものんびりしてはいられない。早く食べないと。あー美味しい。我ながら上出来。

「せっかくの休みなんだから、おまえももっと寝てていいんだぞ。別に飯なんて適当でいいんだし」

「いいんです。こんなの適当のうちですよ?」

「・・・ふうん」

うん。本当に別に料理ってそんなに大変じゃない。ちゃんと分量通りに作れば普通に出来上がるんだから結果の見えない実験よりずっと簡単だ。
確かに周りの友達ではちゃんと自炊してる奴ってあんましいないみたいだけど。
お菓子作ったりも楽しいよね。前にヒロト君と一緒にケーキ作ったの、楽しかったな。ヒロト君の彼喜んでたって言ってたから、俺も今度先輩に作ろう。

「ごちそうさん。じゃあ俺行くわ。帰りの時間はわかんねえから」

「あ・・は・はい、行ってらっしゃい」

今日はかなこちゃんの進路の事で松田さん家に行くって。
一緒に行くかって言われたけどさすがに遠慮した。
この辺の高校事情とか知らないから俺行っても何の役にも立たないし。

なんか一瞬振り返った気がしたけど、忘れ物?
あ、もしかして行ってきますのチュー!?
・・・な訳ないか。行っちゃった。

さてと。皿を洗って。洗濯っと。

洗濯物は洗濯機の中に入れといて下さいって言ってある。
入りきらなかったシーツが外にぐしゃっと丸まってる。
よいしょとそれを持ち上げるとふわっと先輩の匂いがした。
あ・・・やばい。
でも・・・誰も見てないし。シーツならいいよね。
きゅっと抱きしめて顔を寄せた。あー癒される。アロマテラピー。

しばし堪能してから名残惜しいけど仕方なく洗濯機をあけてシーツを入れた。
中にある服とか下着とか・・・・ううっこれはさすがに嗅いだら怒られるっていうか変態行為だからぐっと我慢。
スイッチオンでその間にお掃除お掃除。
先輩の部屋の鍵は・・・はい。かかってますね。
もう。開けといてくれればピッカピカに掃除しとくのに。
こないだ松居棒も作っといたしね。

あ、じゃあお風呂を磨こう。
いつかここでナニかが起こるかもしれないもんね。
うひゃあ。もうっ!やる気100倍!磨くぞ〜!

・・・・ふう。疲れた。張り切り過ぎた。
さてと洗濯干したら衣替えやっとこう。

お昼は一人だし、在庫チェックも兼ねてあれこれ残り物パスタ。
ふん。残り物だけど意外にいける。やっぱエリンギは使えるなあ。
これ、もうちょっとアレンジして今度夕飯に出そう。

あー残飯整理は危険だ。ついつい食べ過ぎてしまう。
先輩の細腰。あそこまでは無理だけど、でも少し気をつけないとなあ。
あ、そうだ、ヒロト君が昔貸してくれたDVD!
エンゼル君の好きそうな腰がいっぱいやでーって。
・・・・あった。「男のヨガ」。
・・・・・・・・・・・・・・。
ごめん、ヒロト君。いかがわしい内容だと思ってました。
ちゃんとしたヨガだね。でもなぜかモデルが若いかわいい男の子ばかりなのかは・・・あれだけど。


ウエストをすっきりさせるポーズ。
うっうぐぐぐぐっ!キツイ!!
ヒップアップのポーズ。
あたたたたたっ!尻が!尻がつる!!

はあはあはあ。疲れた。

二人でやるポーズもあるんだ。先輩誘ってやってみようか・・・ん?最後に死人のポーズで瞑想??
・・・・・・・・・・・・・・。
先輩とくんずほぐれつであんなポーズこんなポーズ・・・・
ダメだ、妄想してる場合じゃない。瞑想ってどうやればいいんだ??
これ。俺には無理。・・・返そう。

あーなんか時間を無駄にしたかも。おっと洗濯物を取り入れないと。
ほいほいほいっと。
このハンカチ、随分年代物だなあ。・・・え。宗って書いてある。
かなこちゃんが書いたのかな?それとも・・・お母さん?
兄弟で間違わないようにって書いたんだね。わーなんかいいなあ。
そしてそれをずっと大事に使ってる先輩も・・・かわいい。
じゃあ俺のと間違わないように、先輩のハンカチには全部ハートの刺繍しちゃおう。
気づかれないように目立たないようにっと。
小さく赤いハート。ひゃあっ下着とか他のにも付けちゃおうかな!
・・・って見つかったらただじゃ済まないもんね。自重自重。

ついでに取れてたボタンを付ける。
先輩、ボタンの服多いからね。
気をつけて見ないとすぐにあちこち飛ばしてる。
うーん、これも予備の分まで無くしちゃって・・・・
空き瓶に入れたボタンストックの中から似たようなのを探す。
ちょっと色が微妙に違うけど・・・あ、じゃあここに袖口のを持ってきてこの違うのを袖口に・・・これなら目立たないな。よしっと。

アイロンも終わって片付けも済んで。
さて次は買い物だ。
今日は一足伸ばして食材が豊富な隣町のスーパーに。
わ、この香辛料、今度使ってみたいな。
ここってお酒も豊富なんだよね。ワインでも買っておこうかな。料理にも使えるし。
うーん、ついつい何でも欲しくなるけど無駄遣いはダメ。
ちゃんと予算の範囲でね。賢くやりくりしなきゃね。

時間は掛けずにでも愛情掛けて。
今日も栄養たっぷりの晩ごはん。二人前・・・・

あ。

そっか。今日は・・・きっと帰って来ない。
何も言ってなかったけどでも、あっちで食べて来るだろうし・・・泊まって来るかも。

仕様が無いよね。松田さんのご飯の方が美味しいしかなこちゃんは家族だし・・・。一日中先輩の事ばっかり考えてる俺と違って・・・先輩はきっと用事が無きゃ俺の事なんか考えもしないよね。いいんだ、それが普通。

なんてね。俺・・・最低。納得した振りして、卑屈になってる。
テーブルの上の夕飯。先輩の為の。
一人でなんて食べる気がしない。

俺は家事が苦にならない性格だから。
だから誰の為でも無く誰が見てる訳でも無い一人きりの時だって最低限の事はちゃんとしてた。
だけどそれに喜びがプラスされるようになったのって、やっぱり先輩と暮らし始めてからだ。あの人に快適に暮らして欲しい。不自由して欲しく無いって一心で。

だけどそうやって張り切っちゃってる分・・・こうして見返りが無いと落ち込んでしまう。いや、見返りなんて元々期待するもんじゃ無いって分かってるけど。
全部勝手にやってるのに。

一緒に夕飯食べられない事なんて普段いくらでもあるのに、いや違うんだ、夕飯がどうとかじゃ無くて・・・自分でも分からないけど。

寂しい寂しい寂しい。
先輩がいないだけで、部屋の温度がこんなに違う。
俺、もう一人じゃダメかも。
なんでこんななんだろう。おかしいって。
もし今日泊まって来るのだとしても、明日には会えるのに。
でも寂しい。温もりが欲しい。声が聞きたい。

涙が・・・・出た。
本当にダメだ。ってか泣く理由が自分でも分かんない。ただ寂しいってだけで。

先輩、会いたい。今すぐ会いたい。
会いたい・・・・・・・


暖かい指先がそっと目尻を撫でる
あ・・・この感触・・・

知ってる・・・


「もーりーなーがー!森永!」

「あ、せ、先輩。あれ?帰ってきたんですか」

「そりゃ帰るだろ。自分家なんだから。おいこんなとこで寝てるなよ」

「あ・・・やば寝てた。すみません」

「夕飯。松田さんが詰めてくれたんだけどどうする?食うなら一緒に食うか?」

「え、先輩食べて来なかったんですか?じゃあすぐに盛り付けますから」

「別にこのまま食えばいいって。面倒だろ」

「いやせっかくこんな綺麗な彩りなんですから白いお皿に盛りましょうよ。俺が作っといた分のおかずもあるし」

「・・・おまえ、こんなに作ってたのか。何だよ、俺が食って来てたらどうするつもりだったんだよ」

「え、あ・・・明日の夕飯に回せばいいかなって。でも先輩、食べずに帰って来てくれたんですよね」

「・・・別に明日も早いし・・・ってかさ、せっかく今日は一日おまえにのんびりさせてやろうと思ったのになんでこんな凝った飯作ってんだよ。どうせ昼間も洗濯だ片付けだってこまごまやってたんだろ」

(刺繍もヨガもしてましたが・・・・)

「俺の事ばっかり構ってないでたまには自分に時間使えよ。嫁・・・や!か、家政婦じゃねえんだから!!」

「・・・・はい」

やっぱりうざったいですよね・・・何でも勝手にあれこれやって。
しかもちょっと離れただけで泣いたり・・・
ちょっと反省しよう。
本当は一日分あれこれ話したい事あったけど
そんなに大した話でも無いし・・・。
先輩がお風呂に入ってる間に食器を片付けて大人しく自分の部屋に戻った。
いいんだ。だって同じ屋根の下に先輩がいるから。
それだけで・・・もう。

「森永」

「わ、わ。びっくりした、先輩!何ですか!よ・・・夜這い・・!?」

「馬鹿!んな訳あるか!ちょっと今日はあんま話できなかったから・・」

え、え、俺と話しに来てくれたの?
先輩も、話足りないって思ってくれたんだ、嬉しい

「今日一日かなこといろんな話してて、・・・ほらおまえだってさ、いろいろ心配とか・・・相談したいこととかあんだろ?俺は一応地元だし・・・学校でも先輩だから教えられることあると思うから・・・いや別におまえは知り合い多いから俺に聞かなくってもいくらでも相談相手はいるかもしんねえけど・・でもせっかく一緒に暮らしてんだし気軽にもっと相談とかしていいから・・って、それだけ言っとこうかって」

「せんぱい・・・・」

かなこちゃんと話しながら、俺の事思い出してくれたの?

「出かける時も何か寂しそうだったし・・・帰って来たら真っ暗な中で寝てるし・・・おまえは一人で何でも頑張り過ぎるし考え過ぎるから・・・俺にできることなんてそんなに無いかもしれねえけど、でも言えば楽になることはあると思うから。だから何でもまず取り合えず言ってみろ」

「・・・あ・・・えっと・・・」

「な・・・無けりゃいいんだよ!あれば言えって事!邪魔したな!おやすみ!」

「先輩待って。一つだけいいですか」

「何だ、言ってみろよ」

「抱いて・・・」

「はあああああ????なっなっなっ!!!」

「い、いや・・・いやそういった意味じゃなくて、あの抱きしめて下さいみたいなそういう」

「な・・・何だよっ・・・だ、抱きしめるって・・・!?」

「何がって訳じゃ無いんですけど、なんか漠然とした不安になった時に、そうしてくれるだけで・・・多分きっと俺大丈夫です。元気になれます、だから・・・だめ?」

「俺が言ってるのはそういう事じゃなくてこう何て言うか何でも相談していいぞってそういう・・・ったく優しくすれば調子に乗りやがって。分かったよ!絶対変なことすんなよ!」

ゆっくり・・・ふわっと・・・
ベッドに腰掛けた先輩の腕が俺を包む。
触れ合った部分から温かさが流れてくる。
これだけで不思議な程安らいでる。
目を閉じたら暗闇の中で
先輩の鼓動が
じんわりと耳に溶けてくる。

そっと顔を上げた。
先輩も目を閉じてる。
きっと重なる鼓動を聞いてる。

ちゅっ。

「てめえ!へ・・変な事すんなって言っただろっ」

「変な事じゃないですよ」

離れようとする体を逆に抱きしめ、より深い口付けを落とした。
心配して部屋まで来てくれたこと、死ぬ程嬉しい。
だけどごめん。分かるよね?
俺の一番の元気の素。一番元気になる方法。

「・・・元気になったみたいだな。じゃあ俺は戻る」

「元気にしといてそれは無いでしょう?先輩だってこのままじゃ眠れませんよ?ほら」

「ば・・・!どこ触って!!てめえ!さっき捨て犬みたいに丸まって泣いてたくせに何でこんな豹変っ・・・やめろ・・・・あ・・・あっ」

あ、泣いてたの、やっぱばれてた。
あの指先の感触、夢じゃ無かったんだ。
ごめんね。ありがとう。
もう大丈夫。先輩抱きしめてくれたから。
それだけで俺は大丈夫。それさえあればいい。もうこんなに満たされてる。単純。

嬉しい嬉しい。一緒にいることが嬉しい。
貴方の為に出来る事がこんなにある毎日が嬉しい。
もっと頑張るから。何だってするから。
俺を必要として。俺がいなきゃダメになって。


おまえだけだって。愛してるって。
その気持ちをこめて抱きしめてくれるのなら。
涙をそっと拭ってくれるなら。
俺は一生、貴方に添い遂げます。
貴方だけに尽くします。

そして明日の幸せな洗濯に思いを馳せながら
先輩の香りがたっぷりシーツに染み込むまで
何度も何度も気が遠くなるまで
幸せな抱擁を繰り返した


end

(2010/4/30)

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