ほんわり霞む、春の朝。


「なんだこの匂い」

「桜のアロマキャンドルです」

「はあ?何ケッタイなもん点けてんだよ」

「いい匂いでしょう。春ですからね」

「桜って匂いすんのか?ウソだろそれ。そんなもんじゃなくてホントの桜が咲いてるじゃねえかよ、土手んとこ」

「あ、気づいてました!?俺もずっと蕾の頃からあそこの桜咲くの待ってたんです。今がきっと満開ですよね。お花見しましょうよ、お花見!俺準備しときますから!今日何時に上がれますか?」

「今日は無理。ってか当分無理。見ればわかるだろ、今の状況」

「ですよね・・・桜散っちゃいますね・・・」

「仕方ねえだろ、俺もう行くから。火の元気をつけろよ!」

行っちゃった。
仕方ない・・・か。
さ、俺も洗濯干したら行かなきゃ。
そうそう、せめて香りだけでもね。いーんです、ウソの香りでも。気分の問題ですから。

洗濯竿にはためくシーツに、シュシュっと桜のリネンスプレーを振りかけた。
先輩のシーツは・・・止めとくか。ケッタイとか言ってたし。

いい香りだと思うんですけどね。先輩にきっと似合う。桜の香り。春の香り。
包まれて欲しいな。この香りに。
・・・・・

おーっと妄想膨らませてる場合じゃない!やばい!遅刻遅刻!!



満月が高く上がってる。
もう深夜かな。
遠くからの喧騒。新歓のシーズンか・・・。
ぼやっと月を見てたら、後ろから声がした。

「まだいたのか、おまえ」

「あ、いろいろやってたら遅くなっちゃって」

なーんてね。待ってたのなんて見え見えですね。

「土手の方、回ってくか?もう誰もいねえだろうけど」

あ、気にしてくれてたんだ。今朝の事。

「はい」

柔らかい暖かさ。春の夜ってなんか不思議な世界。
動物達が愛を交わしたくなる気持ちが分かる気がする。
誰かを愛したくなる。抱きしめたくなる。
一緒に朝までこのゆるゆるとした世界を漂いたくなる。

「あーやっぱ早いな。もう散り始めてる」

「今日結構風ありましたからね」

月が舞い散る桜を照らしてる。幻想的な風景。

「酔っ払い共見ながらここで飲み食いするよかかえってよかったんじゃねえの?こうしてゆっくり静かに桜が見れて」

「そうですね」

二人っきりの真夜中のこんなのんびりしたお花見、悪くないです。

「ま、今年がダメでも来年来ればいいって思ってたんだけどな」

来年も。俺と一緒にいてくれるんですか。
この先もずっとずっと、一緒に桜を見てくれるんですか。

月明かりを浴びながら桜を見上げるその横顔は

綺麗だ・・・桜より。ずっと。

好きだ・・・・。

「どうした?」

ぼんやり立ち止まってる俺に気づいて振り返った。
心配げに見上げる頬に、ひとひらの花びら。そっと指で払った。

「な・・何すんだよ!」

「花びらがついてたんですよ」

「・・・・・・」

花びらがあった場所が、指が触れた場所が桜色に染まる。
やっぱり俺が触れるとこの人の体は過剰なまでの反応を示す。

だけどさほど・・前程は・・・嫌がらなくなって来た・・・と思う。

先輩も春の夜に誘われてる?愛を交わしたくなってる?

「最初に言っときます。大声出すと人来ますから」

「はあ?」

押し問答してる暇は無い。答えを待ってる暇は無い。
桜の枝のようなその細い腰を引寄せると、有無を言わせず唇を奪った。

昼間の強風はだいぶ弱まって、今はさらさらと静かにその音を響かせる。
さすがに最初は抵抗してたけど、まるで見つめる月から身を隠すように、今はすっぽり俺の腕の中に納まってる。

ひとしきり味わい尽くし、少しだけ束縛を緩めた。
俯いたまつ毛が光ってる。
綺麗だなあ。
あー俺背が高くて良かったってつくづく思う。
だってこの角度から見る先輩が一番綺麗だから。
なんかでも苦しそう?

「大丈夫ですか?息出来なかった?」

「お・・おまえが・・声出すなって・・・言うから・・・」

「え、あ・・」

俺・・・怒鳴らないで下さいよ、怒んないでくださいよって そんなつもりで言ったんだけど・・・。

違う声・・・・殺してたんだ。

ここで押し倒してしまいたい・・・いや、ここはダメだ。
俺はいいけど、ううんやっぱダメだ。
まだ夜は冷えるし。今風邪を引かせる訳にはいかないし。
家に帰って、ゆっくりとその桜色の肌を見たい。

「帰りましょう」

桜舞い散る土手を、手を引いて歩いた。
真っ白な桜の回廊。
何も言わないけど、でも拒絶もしない。
手のひらからじんわりと温もりが伝わってくる。

来年も、その先も、毎年ここを歩きましょう
ずっと一緒ですよね、先輩
ずっとずっと・・・・・・



散り際の最高に美しい瞬間を共に
あなたの花びらを、俺の上に散らせて

洗い立てのシーツで
二人同じ香りに包まれる

桜色のめくるめく夜のはじまり・・・

end

(2010/3/27)



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